
介護現場では、「あわや大きな事故につながりかねない」ような出来事―いわゆる“ヒヤリハット”が日常的に起こりがちです。
ヒヤリハットを正しく理解し、防止策を講じることは、ご利用者の安全を確保しスタッフの負担軽減にもつながります。
本記事では、よくあるヒヤリハットの原因や誰でも実践しやすい防止のポイントをわかりやすく解説します。ぜひ最後までお読みください。
1. ヒヤリハットとは?
ヒヤリハットとは、事故や大きな問題には至らなかったものの、「ヒヤリ」としたり「ハッと」したりするような場面を指します。
例えば、利用者が転びそうになったがギリギリで支えることができた場合や、薬を間違えそうになったが事前に気づいて回避できた場合などがこれに当たります。
アメリカの安全技師ハインリッヒが提唱した「ハインリッヒの法則」によれば、1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故(アクシデント)と300件のヒヤリハット(インシデント)があるとされています。この法則では、ヒヤリハットを減少させることで、重大な事故の発生を防ぐことができるという考え方を示しています。
ヒヤリハットは、表面的には事故や怪我が発生していないため見逃されがちですが、その背景には介護現場に潜むリスクが隠れています。そのため、これらの経験をきちんと記録・分析し、将来の重大事故を未然に防ぐことが重要です。
介護現場でヒヤリハットが起こる原因と防止策
介護の現場においても、日常の何気ない場面にヒヤリハットは潜んでおり、大きな事故やトラブルにつながる要因となっています。以下では、具体的な原因を3つに分類し、それぞれの防止策を解説します。
1. 利用者本人が原因の場合
原因
- 身体機能の障害
高齢者や身体機能が低下している方は、転倒や誤嚥のリスクが高まります。
例)歩行が困難な方が無理に移動しようとして転倒する。食事中にむせたり窒息しそうになる。 - 認知症や精神的な問題
状況判断が難しい場合、本人が自己判断で行動することで、ヒヤリハットが発生することがあります。
例)認知症の症状で突然予測できない行動を取る。 - 薬の副作用
一部の薬が、利用者の運動能力や判断力に影響を与え、転倒や誤嚥リスクを増大させます。
防止のポイント
- 観察力を高める
利用者の行動パターンや身体状況を日頃からよく観察し、予測がつくように努めます。 - コミュニケーションを重視する
利用者が何を感じ、どのような不安を抱えているのかを理解することで、危険な行動を未然に防ぐことができます。 - 環境の調整を行う
例えば、転倒しやすい利用者には歩行補助具を用意したり、食事の際には窒息を防ぐために安全な姿勢で食べられるようにサポートします。 - 薬の副作用を把握する
医師や看護師などと連携し、利用者が服用している薬の副作用や注意点を把握します。必要に応じて投薬内容や時間調整について専門職に相談し、リスクの軽減に努めます。
2. 介護職員が原因の場合
原因
- 疲労やストレス
長時間勤務や業務過多で疲労が蓄積すると、注意力が低下し、ヒヤリハットにつながることがあります。
例)集中力が切れて、利用者の些細な変化を見逃す。 - 経験不足や訓練不足
新人や経験の浅い職員が、適切な介助方法を理解していないことが原因でヒヤリハットを引き起こすことがあります。
例)車椅子への移乗方法を誤り、転倒を招く。 - コミュニケーション不足
スタッフ間での情報共有が不十分な場合、利用者の状態や注意点が伝わらず、ヒヤリハットが発生することがあります。
例)交代勤務時の申し送りが不十分で、重要な情報が抜け落ちる。
防止のポイント
- 適切な休息と業務分担の見直しを行う
職員同士が協力して休憩を確保できるように工夫し、疲労の蓄積を防ぎます。管理者や責任者は、職員に過度な負担がかからないよう業務シフトを見直す必要があります。 - 研修や勉強会でスキルを高める
車椅子移乗や口腔ケアなど、実技研修を定期的に行い、正しい介助方法を習得・維持します。新人には先輩職員がついてOJT(※1)を行い、安全意識と技術を高めます。 - スタッフ間で情報共有する
申し送りやミーティング、業務日誌などを活用し、利用者の変化や注意点をこまめに伝達します。小さな変化でも共有することで、チームとして早期対応が可能になります。
※1 OJTとは:実際の職場や業務において先輩職員が後輩(新人)に直接指導を行う研修方法。座学での学習と違い、実際の業務場面を経験しながら指導を受けるため、仕事の流れや対応のしかたを実践的かつ効率的に身につけられる。
3. 環境や設備が原因の場合
原因
- 施設内の危険要因
滑りやすい床や段差、障害物などがあると、つまずきや転倒のリスクが上がります。特に浴室やトイレなど湿気の多い場所は注意が必要です。 - 不適切な福祉用具の使用
利用者に合っていない車椅子や歩行器などを使うと、怪我や事故につながる恐れがあります。
例)車椅子のフットレストが適切に調整されていないと移乗時に足が引っかかる。 - 設備の不具合
定期的な点検が行われていない設備や器具は、故障により思わぬ事故を引き起こす可能性があります。
例)車椅子のブレーキが壊れていることに気づかず転倒しそうになる。
対策
- 定期的な環境チェックを行う
施設内の床や設備の点検を定期的に行い、問題があれば早急に対応します。 - 安全対策に取り組む
滑り止めマットを敷く、手すりを増設するなど、環境そのものを安全にする工夫をします。 - 職員間で情報共有する
設備や環境に不具合がある場合は、速やかに他の職員と共有し、利用者への影響を最小限に抑えます。 - 適切な福祉用具の選定・調整を行う
利用者の身体状況に合わせて、車椅子やベッドなどの福祉用具を選ぶことが重要です。専門家(理学療法士や作業療法士など)のアドバイスを取り入れ、使いやすいよう調整します。
4. ヒヤリハットを経験したら?
原因と対策を踏まえても、ヒヤリハットを完全になくすことは難しいのが現状です。万が一ヒヤリハットを経験したとき、次に取るべき行動として大切なのが「ヒヤリハット報告書」の作成活用です。
ヒヤリハット報告書が必要な理由
報告書を作成する理由は以下の通りです。
- 危険を未然に防ぎ、利用者の安全を守るため
ヒヤリハット報告書を作成・共有することで、「どんな場面で危険が起きやすいのか」を明確にし、早い段階で対策を講じられます。 - 業務の質の向上につながるため
ヒヤリハットが発生する場面には、介護現場の日頃の業務体制や設備に潜む問題点が隠れていることが多いです。報告書を活用して状況を振り返ることで、チーム全体が問題を共有し、サービスの質をさらに高めることができます。 - スタッフ同士の連携を強化できるため
ヒヤリハット報告書を通じて、他のスタッフも同じような状況を想定し、回避策や対処法を学ぶ機会を得られます。職員間でリスク管理の意識が高まるでしょう。
ヒヤリハット報告書の書き方のポイント
- 事実をシンプルに書く
「いつ・どこで・誰が・何を・どうしたか」を中心に、起きたことを正確かつ簡潔にまとめます。感情的な表現や憶測は控え、実際に見聞きした内容を客観的に記録しましょう。 - 状況や背景を具体的に書く
「ベッドから立ち上がろうとして転倒しかけた」なら、周囲の環境(床が濡れていたか、介助者はどこにいたか、利用者はどんな様子だったか)なども記載します。後から読み返したときに状況をイメージしやすくなり、より的確な予防策を検討できるでしょう。 - 原因を分析する
単なる偶然ではなく、何が根本原因だったのかを掘り下げます。 - 再発防止策を提案する
同じリスクを回避するために具体的な改善案を記載しましょう。
報告書の書式や提出方法は職場によって異なるため、職場のマニュアルや先輩職員の指示を確認して作成しましょう。
6. まとめ

介護現場におけるヒヤリハットは、利用者とスタッフ双方の安全を守るための貴重な学びとなります。
ヒヤリハットが起こった際には、その原因を明らかにして、適切な対策を講じることが重要です。また、ヒヤリハットを経験した際には、報告書を活用して情報を共有し、再発防止に努めましょう。
介護職は、ヒヤリハットを恐れるのではなく、それを学びと成長の機会として捉えることが大切です。一つ一つの事例を改善していき、誰もが安心できる介護環境を築いていきましょう。
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